一周まわって ふりだしへ?
      〜いとしいとしと いふこころ 続編 


   *例によって、鋭に冴えてカッコいい、
    思慮深くて頼もしい太宰さんが行方不明です。
    何とかならないか、まったく。(笑)



世間知らずも困ったものだが、悧巧が過ぎるのもまた困ったもので。
長の歳月、孤児院という名の囲いの中に閉じ込められていた
虎の子、もとえ、中島敦くんが、
微妙にイマドキの世情とやらが判らぬことからか、
天然さながらの可愛らしい失態をたまにやらかすのも
…周囲が萌えまくるので困った事態だが。(おいおい)

「そうそう、土曜のあれは傑作だったよね。」
「ああ、あれですわね。」

鏡花特製の弁当持参だったので、
同じく弁当組の谷崎兄妹と一緒に待ち合いのソファー席で輪になって食べることとなり。
給湯室に即席の味噌汁があったからと、マグカップへそれぞれで作ったのだが、

「敦くんたら猫舌だもんで。冷ますのにッて 水を結構足してしまって。」
「それを飲んで、」

  このメーカーのはちょっと薄味なんですねって。

そんなに入れちゃあとびっくりした後だっただけに、
兄様も私も一瞬 目が点になっちゃいましたとナオミが笑い、
それへと仲間たちが微笑ましいねぇと吹き出した中、

「わあ、そんなの思い出さないでくださいよう。/////////」

だって本格派って印刷されていたから、
上品な味付けなんだ きっとって思っただけですようと、
真っ赤になって言いつのる彼なりの弁解がまた おさな可愛くて。
莫迦だなぁと揶揄するよりも、なぁんて可愛いんだこの子はもうと、
その場に居た面々が、今度は困ったように笑うしかなくて。

「まったくもう、かわいいねぇvv」
「ええぇ〜、子供扱いじゃないですかそれ。//////////」

いい子いい子と与謝野から頭を撫で繰り回され、
褒められているのか揶揄われているのか、ふにゃいと弱々しく吠える子虎へ、

「いいじゃないか、実務へ出てけば誰よりダントツで活躍しているんだし。」
「そうそう。」
「頼りにしているんだよ? 敦くん。」

自分が途轍もない可能性を秘めた“異能”を持ってたの、
まったくの全然 知らずにいたことといい。
そんな可愛らしい浮世離れっぷりを
時たま指摘されちゃあ真っ赤になる少年が、その内心でこそりと思うのが、

 “でもだけど、太宰さんの二面性だって…。”

大概なレベルだろうに、
皆さん、いつもどこまで把握しているのだろうかと。
一緒になって微笑ましいねぇと朗らかに笑っている彼のお人を見やり、
う〜むとこっそり小首を傾げてしまうのだ。



     ◇◇


180を超す長身に、広い背中や長い腕脚、
余情を染ませて雰囲気のある所作が映えるだろう、
絶妙に均整の取れた恵まれた体躯をし。
深色の双眸はほのかに蜜色をにじませた前髪の陰にて印象的な憂いをたたえ、
知的な口許は表情豊かで、深みのある声で甘い睦言を紡ぎ。
意味深な包帯という虚弱的な匂わせがまた、妙齢の女性らのみならず、
悩まし気な思わせぶり、弱ったところと映って男だって惹きつけよう、
某所で 稀代の傾城とまで呼ばれた風貌の主ではあるものの。
遅刻は常習、社に居る時は報告書も書かず、
休憩用にと置かれてあるソファーに長々と寝そべるのが定位置で。
そうかと思えば、ふらりと出てゆき、そのまま帰って来なかったり、
入水してだろう、どこぞかの河原でずぶ濡れになって引き上げられていたりする。
なので、知己であればあるほど、顔だけのダメ人間という認識をされてもいる残念さだが、
そうまでの救いようがないほどのぐうたらや問題行動は、だがだがもしかして。
そう、もしかして、人並外れた洞察力や、抜け目のない叡智を持つ身だというに、
それを警戒されぬよう、思い出されぬよう覆い隠すためだろか。
そうとしか思えないほど
落差がある“二面性”を持った、困ったお人なのだ、太宰治という男は。

  __ 先日だってそう

大胆不敵な仕儀所業でもって、
それは希少で高価な宝石ばかりを盗み出してた、
謎の窃盗団を追っていた軍警からの急な依頼が飛び込んで来て。
何でも、公表されてはないが
高名な富豪の贓物だった宝玉が被害品に混じっているらしく。
出来れば今宵までに、
外つ国からの来賓を招く宴で披露出来るよう、
どうしても間に合わせてほしいというなかなかに厳しい期限付きの案件へ、
お任せをと すんなり請け負った、我らが武装探偵社で。
乱歩さんの超推理であっさり割り出された本拠地、
強引に乗っ取ったらしい家族経営の土産物屋の方は、
観光客に扮した谷崎や国木田が上手に立ち回って家人を連れ出し、
その後へ軍警が大挙して取り囲んで、潜伏していた幹部らをあっさりとお縄にし。
そろそろ潮時、戦果を現金に替えるべえと、
高価な品だけ先に運び出してた顔ぶれの方へも、
一足違いで取り逃がし…たりなぞいたしません。

「生憎と待ち人は来ないよ。」

取り引き現場らしき空き倉庫にて、
こちらの実働班の主戦力、太宰と敦が先回りして故買屋を引っ括ったそのまま
相手側の実行犯らしき手勢へ向けて、そんな声を掛けている。

「な…っ。」

暗がりの中への唐突な声掛けと共に、
息をひそめて身を隠すためだろう閉じられてあった錆びついた鉄扉を
ガラガラガラと勢いよく開かれたことで、
真昼の乾いた明るさが切り込むように飛び込んで来て。
ギョッとした面々が目許を眇めて見やった先には、
場違いにも “は〜い”とご陽気に手を振る長身の男と、
傍らに従う 白髪の高校生くらいの少年とが二人だけ。
居場所を暴かれ、企みを見透かされた忌むべき運びへ、
一応は海千山千のゴロツキたちが 不意を突かれてギョッとしたものの。
見るからに恐持てというわけでもなけりゃあ、物騒な武装もないままの
ひょろりとした優男とただのガキじゃないかなんて、
相手の陣営の粗末さへあっさりと気を取り直し、

「何を偉そうに。」
「たった二人でどうしようってんだ。」

素人が何を根拠に居丈高なものを言う、と。
直接向かい合う顔ぶれの頭数だけでも5倍以上だったし、
こっちは此処に居る面子だけじゃあないのだぞと。
実情とやらを思い出し、優位に立ったつもりで鼻で笑いかかったところが。

「そちらこそ、
 何で我々がひょこりとこうまでの直近へ顔を出せたか、
 少しは疑問に思わなくっちゃねぇ。」

 「う?」 × @

見張りに立ってた人たちは勘定に入れちゃあ酷だよと、
上背のある外套姿の男が、濃い色の目許を弧にたわませ、
端正なお顔へ憎たらしいほどの愛嬌を染ませて そうと言い。
その言い回しに合わせてのこと、傍らの少年が
よいせと向背から担ぎ上げたひとくくりの荷を肩の上へ持ち上げ。
一本背負いのようにして、
どさんと眼前の地べたへ無造作に置き直したそれこそは、

「…げ。」
「な、何やってんだお前ら。」

意識もあるのか定かじゃあないものか、
首の根がぐらんぐらんしていて落ち着かぬ様の、
見覚えがありすぎる 安っぽい黒服の男衆が 都合10人でこぼこ。
腰辺りを荒縄でまとめてくくられ、何ともあっさり拘束されており。
しかも恐ろしいことにはその束が三括りほども、
よいしょよいしょと彼らの前へと並べられる凄まじさ。

 “…何なんだ、あのガキ。”
 “ひょろいくせに実は百万馬力のサイボォグか?”

人は見かけによらないというの、
此処まで切羽詰った格好でひしひし見せつけられよう日が来ようとはと。
不意なお声掛けがあった時よりも堅く堅く、
その総身が強張ってしまった窃盗団の御一同様で。

 「て、てぇい、怖気てる場合かっ。」
 「ブツはこっちの手のうちなんだ、奴ら突破してトンズラこくぞ。」

このままでは自分たちまでもが身柄確保の憂き目に遭うぞと、
何とか我に返った実行担当、組織の中でも行動派なはずの皆様。
意気を奮い立たせ、これから駆け出すよと言わんばかりのそれ、
一点突破のための構えをそれぞれが取ったものだから、

「わあ、なんか既に負け口上ぽい♪」
「…太宰さん、あんまり煽らないで。」

あああ、なんかすいませんと、ついつい謝ってしまいたくなる不遜さで、
余裕綽々、掛かって来なさいと仁王立ちしている太宰ではあったが。
進んで肉体労働をするつもりはなさそうだったし、

「巫山戯るなっ!」

頭に来たらしいのがまずは数人、
素晴らしい瞬発で飛び出してきて、まずはと敦へ体当たりを仕掛ける。

「が…っ!」

体格に差があったし、二人がかりでしかも肩と腰辺りという二か所への追突。
それでなくとも細っこい少年は、押し負かされたよに ざざざっと背後へ押され、
そのまま勢いに負けて軽々と弾き飛ばされ、
通路を挟んだ向かいの建物の壁へまで吹き飛ばされてしまっている。

「やったっ。」
「へっ、ざまぁねぇな」

結構な手勢を、騒ぎも起こさずに伸したらしい二人連れだが、
実際にあたってみれば大したことはないじゃねぇかと。
ホントはもっと大人数で畳んだんじゃないかなんて、
自信とも慢心とも取れそうな凶悪そうな笑みで口許歪ませた先鋒だったものの、

 「…ちょ…。」
 「手前ら、後ろっ!」

その慢心へ待て待てと制するような声を掛けたのは、思いもかけない仲間内。
へ?と怪訝に思いつつ、差された後方を振り返れば、

 「…え?」
 「げ。」

向かい側のやはりぼろっぼろの廃倉庫の石壁へ、
無様にも叩き伏せられて…なぞいない。
どんな体バランスの持ち主なんだか、
壁が地べたに見えたほどの安定で、水平着地を決めていた少年であり。
速攻で動いて見せなんだのは、しばしの刻の間に
深々と折り込んだその脚へと張力を溜めていただけのこと。
結構な間があったような気がしたが、実際はほんの瞬き数回分くらいの一呼吸。
くっと弾みをつけたそのまま、バンっと壁を蹴って返って来た少年の肢体は、
やっぱり大した重さはなかったままだったれど。
途轍もない瞬発を載せたことでの威力が半端なく、
呆然と突っ立ったままだった先鋒二人を、あっさりと薙ぎ倒した恐ろしさよ。

 「ぐえっ!」
 「ぎゃあっ。」

先程のお返しよろしく、たった一人の少年に
ぱぱんっと足元が浮くほどの威力でもて跳ね飛ばされ、
傍に待ち受けていた鉄の扉に背中や頭をぶつけてそのまま昏倒。

 「なっ!」

肩から突っ込んだだけで、ガタイもそれなりだった男二人を跳ね飛ばした少年は、
衝撃で加速が削がれたか、それでも残りの賊らに近い位置にて
その身を器用に半回転させ、足元からしっかと着地をし。
歌舞伎の見得でも切るかのように、薄い肩を反らしてすっくと立ち上がったその双腕が、

 「…気のせいじゃなけりゃあ、何か妙な腕してねぇか?」
 「いつの間に あんな縫い包みみてぇなもん嵌めたんだ?」

痩躯に見合わぬ怪力を発揮したその要因、
ふっかふかな毛並みに覆われた逞しい腕という、
それは雄々しい虎の異能を発現させた敦だったが、そんな事情が相手へ判る筈もなく。
よく判んねぇがもはや構うこたねぇ、畳んじまえっと。
半分くらいは捨て鉢になり、わっと数に任せて駆けだしたほぼ全員を、
虎の爪の長さ込みで大きくなった手のひらにて、乱暴ながらもがっしと受け止め、

 「無駄な、抵抗はっ、およしなさいっ!」

そおいっと頭上へまとめて放り投げた剛力者。
受け止めてまでしてやる義理はないとし、
ぼたぼたぼたっと落ちて来た端から人事不省になってしまうのへ、
さあ荷造りだと、どこに仕込んであったやら、
今日はモザイク仕様のスノボジャケットの袖口から、ずるずると引っ張り出した堅めのロープで
引っ繰り返っている男衆らを束ねにかかる敦くんだったりし。

 「…ちっ!」

部下らをけしかけはしたが、自分は出遅れた最後の一人、
大した脅威じゃあないと見做してか、
少年が視野へも入れずに後始末へかかったさまを見て。
口惜しかったか癪だったか、
舐めた真似しくさりやがって、目にもの見せんと…
すっかり見物に回っていた長外套の男の方へ、
一気に駆けって行った、潔さなんだか捨て鉢半分の八つ当たりだか。
こっち一人でも相打ちで倒せれば、負けはしなかったということになりはしないか。
こうまでとんでもない相手なのだ、
俺一人で片方だけでも片付けりゃあ勝ったも同然なんじゃあなかろうかと、
随分と虫のいいボーダーを引き。
さすがは実働班を率いていただけはある身ごなし、
ザクザクと空間を裂くような小気味の良さで、
身を縮めての弾丸よろしく、
相打ち覚悟で太宰に向かって突撃をかまそうとした
賊ら一味の兄人だったのだが。

 「おや。」

そんな物騒な輩の急襲へ
反射的対応が出来なかった愚図だった結果のように見せかけて。
太宰が 外套の内側、懐から取り出したのは、
ナイフや銃なんていう物騒な得物じゃあなく、

「な…っ。」

それはスマートで瀟洒なデザインの、
男性の手のひらにならあっさり隠せてしまうよな小瓶。
さすが、こういう修羅場への慣れはあったか、
びりびりと尖っていた警戒心から
何物であれ見逃すものかと構えていた、窃盗班長の虚をつくには十分だったようで。
あまりの落差から総身が固まったまま ギョッと目を向いたその顔へと、
プシュッというどこかで聞いたよな噴射音が生じ。

「わっ、痛いっ。何だこりゃあっ。」

顔へと吹きかけられた霧状のもの。
揮発性の高いものなのか目に入ってヒリヒリするらしく、
うわぁっと大声出して地べたへ転がり、そのままのたうち回る賊らの班長。
そんな男を何でもないよに見下ろした太宰はといえば、

「いいかい、敦くん。人というのはね、いやさ、どんな動物でもかな?
 正体不明なものほど恐ろしいものはないんだな。」

それは恐ろしくも凶悪そうな武器や、苦手な虫や獣が相手でも、
取っ捕まって豚箱へ入るくらいなら 対処出来るとの覚悟があれば、
怯むことなく、何なら激痛に襲われたってと捨て鉢気味に立ち向かえるけれど。

「得体の知れないモノへの恐怖心というのは絶大でね。」

例えば、目隠しをした相手へ
今から強い酢と塩水と砂糖水のどれかを飲ませるから当ててと言って、
そのどれでもないただの水を飲ませると、ほとんどの人が大慌てで吐き出す。
警戒した何の刺激もこないことへ不気味さを感じ、
無味無臭の毒じゃないかって恐怖に襲われて吐き出してしまうんだよと。
一体どんな研究でそんなデータが出たものか、けろりと恐ろしい例え話をしてから、

「結構場慣れしている筈の、こんな荒くれのお兄さんでも、
 日頃から縁のないものの匂いなんかは判らなかったんだろうね。」

「あ…。」

そうだ これって、と。敦も気がついた。

「太宰さんが使ってる香水、ですよね。」

柔らかくて少し甘い、やさしいラベンダーの香りだと思わせて、
それらが去った後へやや洗練されたウッディムスクの香りがほのかに残る。
謎めいた彼の人性にようよう見合った香りでもあり、
だが、こんな修羅場に取り出されたものが
そんな代物だなんて思いも依らなんだことだろうから、

 “そりゃあ おっかなかっただろうなぁ。”

匕首や拳銃を構えられたなら、破落戸なりの覚悟も決められただろうが、
それこそ、どんな毒を吹きかけられたのだとばかり、
一党率いるほどの存在が、あられもなく恐慌状態に陥ったらしく。
彼が小物だったというより、それほどに奇抜でおっかないこと、
瞬時に思いつき、仕掛けた太宰が何枚も上だったということなのだろて。



     ◇◇


どんな修羅場にも動じない、底なしの度胸を持ち。
そんなまでの鮮やかな手腕で、
ほぼ丸腰だったのに見事にも敵の主力を跪かせた人だというに、と。
他でもない恩人相手に、それでも微妙に納得いかぬと
敦が複雑な気持ちを持て余す。
平素は気を抜きまくり、ただただ怠け者になってしまうというだけならば、
緊急事態じゃあない時は その鋭い勘や何や総てを鞘に収め、
昼行燈な振りをして何者からも警戒されぬよう緩急つけているのだな なんて。
其れらしい理屈を自分の内へ構築し、何とか納得出来もするけれど。

  『私はあの子をどうしたいのだろうか。』

何でそんな肝心なことへ、誰を何を差し置いても大切なことへ、
ずば抜けて冴えた観察力や、人の機知を素早く拾える感覚が発動しないのかなぁと。
それこそ呆れてしまう敦くんだったりするのである。





     to be continued. (18.01.09.〜)



NEXT


 *またぞろ何かややこしいお話をいじり始めましたよ。
  新年早々、困ったおばさんです。